臨床心理学者 新田美佳

セラピーとは

セラピーは「問題のある人の為」のみならず、「万人の為」のものと断言できると私は信じています。

 

サイコセラピー、心理療法、カウンセリングなど、色々な言い方はありますが、どちらにしろ

それらは、個々が安心しながら、自分の内面を探り、成長する場所であり、信頼やアテンションを充分に感じながら、自分とは何かを見つける所であり、そしてプライバシーの守られた

環境で、自分の忘れていた感情を吐き出し、さまざまな考えを整理し、自分の思考の傾向を 

把握し、本来の自分がなるはずだった自分になるための道を見つける場所です。

 

セラピストというのは、長年かけて何をトレーニングするかと言うと、取り組んでいる「その人」のニーズにいかに集中し、その人にどれだけ良い状況を提供するかということにエネルギーを注ぐことです。従ってセラピスト自身の気持ちや考えなどによって、その人の大切な  作業の邪魔にならないような訓練がされているのです。なぜかというと、セラピーの答えは、

セラピストの中にではなく、「その人」自身の中にあるはずだからです。セラピストに

「診断」してもらって、アドバイスをもらうものだと思っている人もいるかも知れませんが、セラピーはあくまでも自分の中に潜んでいる答えを見つける場所です。

 

 

セラピーは、家族や友達に話すのとは根本的に異なります。家族や友達は、近しい存在で情があるがゆえに、助けたい気持ちが強いのが常です。しかし本人の中に内在する、まだ見えない答えを見つけるために、自分の力で時間をかけて探り見つける過程をサポートをするには、話の聴き方のトレーニングと、精神や脳や神経のメカニズムの専門的知識とが

必要であると考えられるからです。

 

 

セラピーが必要のない人というのは存在しないと言ってよいかもしれません。人は常に

成長するものです。今現在問題がなくても、生活に変化があったり、自分が病気になったり

年をとったり、身近に居た人が亡くなったりと、生きていく中で誰しも助けを得ながら

前に進まなくては行けない時が必ずあり、さまざまなことが起こるのが人生です。

 

 

又、自分を内面まで見つめなおす時期に遅すぎると言うことはないはずです。ただ、問題が

大きくなってから自分自身の中味を見つめるのは、大変な作業です。普段から自分の

無意識の世界をを探り自分を知る方が、普段から常に落ち着いていられるということに

繋がるのだと言えるのかもしれません。

 

 

ただ、自らの意思がなく人に押し付けられては、セラピーは実現しないというのも事実の

ようです。心を閉ざした人に無理やり話をさせると言うのは無理な話であり、ご本人が安心

して心を開くには、本人の気持ちの準備と適した時期、そして安心して話し合えるセラピストとの相性が揃ってこそ可能になるのと言えるのです。

 

 

他人を変えることが難しく、それでも自分の回りや世の中に良くなって欲しいと願う時は誰にでもありますが、そんな時は、自分に何ができるかを考える方が近道なのかもしれません。

 

 

もしセラピーが「問題のある人」「思い悩んでいる人」だけの為にあるものと考える人が

居たら、そうではないということ。セラピーは、より上手に生きたいと思う人の為のもの、

つまり全ての人の為のものと言えることを、ここでお伝えします。